哀しき三重県民のぼやき

「東日本」と呼ばないで・・・

負のスパイラル! ~悲報!近鉄大阪線 ダイヤ改正2026.3.14~

2026.3.14。私はこの日を忘れないであろう。アメリカ9.11事件の様に・・・。そう、近鉄のダイヤ改正の日である。これを近鉄3.14事件と名付けることにする。もちろん円周率は関係ない。この日を境に大阪へのアクセスが極端に悪くなったのだ!伊勢中川から大阪上本町行きの急行列車が大幅に削減された!加えて、名古屋線から伊勢中川で大阪方面へ乗り換える際の接続が猛烈に悪くなった。もはや接続と呼べるレベルではない。これまでの時刻表にあった「伊勢中川で大阪上本町行きに接続」という文字が消えた・・・。完全に別会社となった感さえする系統分離である。亀山駅のJR東海とJR西日本の接続の悪さを彷彿させる。もちろん、公的使命を帯びていても営利企業であるから、採算を考えるのは当然である。大阪線沿線は人口も少なく、大阪や京都、名古屋周辺の都市間輸送のニーズもほとんどないためやむを得ないのは理解できるが・・・。この状況は、今後もますます加速するだろう。朝の時間帯で唯一残った中川発7時15分発の上本町行きもいずれ消えゆく運命なのだろうか・・・。以前、このブログで書いたように、多くはないが存在する中川から大阪方面へ急行で通っている会社員や大学生は、どんな気持ちなのだろうか?不便になったダイヤの中を必死にやりくりしての通勤・通学は大変であろう。あるいは中川から八木まで特急を使い、八木から急行に乗るという苦し紛れの防御策を場合によっては講じるかもしれない。大阪方面への需要が少ないから本数が減る~本数が減るから大阪との距離がさらに遠く離れていく・・・そういった負のスパイラルが今後も加速してゆくのだろうか?一方、特急は健在である。企業として有料特急へ誘導する戦略は充分理解できる。でも、私は寂しいのである。特急で通うこと自体は料金面を別にすれば悪いことではない。県都津市から難波まででも1時間20分程度で着く。実際、近鉄特急で通勤する人は結構いる。名古屋が多いが大阪方面の人でも少なからずいる。皆が皆、9時が始業時間というわけではないからだ。ただ、特急利用というのは基本、遠方の人が使う手段だ。○○圏と呼べるにはこういった優等列車を使わずに行けることが大きな要素だと思っている。私は仕事柄、出張や各種会合等に出かけることが多かった。大阪での会合も多く、会場は新大阪周辺や梅田周辺、あるいは地下鉄駅の近くなど色々であったが、終了後の帰宅手段を見ると名古屋や岐阜からの参加者は新幹線で帰ることがほとんどだった。でも私たち三重県民は新幹線ではなく近鉄特急で帰ることがほとんどだった。津や松阪、伊勢のメンバーと一緒に近鉄特急内でビールを飲んで帰るのが常だった。新幹線で名古屋、そこから近鉄に乗り換えるのと時間は変わらず料金は圧倒的に安いからだ。(桑名など北勢地方の人は新幹線の方が早かったからそちらが多かったと思うが・・・)でも、私が一人で帰るときは、急行で帰ることも少なくなかった。別に特急代がなかったわけではない。奈良方面へ帰る人たちと一緒に鶴橋から急行で帰ることが、関西人(少なくとも近畿地方の人間)という証の様に感じていたからだ。近畿地方三重県民としての矜持だったのである。八木、桜井、榛原と乗客はおりていき、名張、桔梗が丘を過ぎると乗客は目に見えて少なくなる。こういった状況から、大阪線の急行の未来については大きな不安を感じていたが、とうとうその日が来てしまった・・・。「一国二制度」という言葉があるが、近鉄は「一社二地域」となってしまったのだろうか?「近畿日本鉄道」の名の通り「わが社の全沿線が近畿地方である」という気概と誇りをもって進んでいってほしいと切望する次第である。

新方言と言葉の使い方

まずは今日の天気から。お天気キャスターは、東海から関東は雨が強く通勤の時間帯に注意と伝えていた。ネットで詳しく見ると静岡辺りから関東にかけて大雨を示す雨雲がかかっており、大雨を表す傘のマークが静岡や東京に表示されている。小雨までいかない程度の三重はもちろん愛知県もうっすらとした雨雲はかかっているが、通勤に注意というほどのものではなかった。実際名古屋のテレビ局でもそんなニュースは伝えていない。ならば東海などといわず、「静岡から関東」と言えばよいのではないか!と突っ込みたくなる・・・。さて、ずいぶん前になるが、某女子大学の面白い研究ということで「方言の研究」がニュースになったことがある。「方言チャート」と呼ばれるもので「出身県」を当てるというものである。3~4歳から13~14歳に生活していた地域を当てるようである。現在では「出身県」に加え「県内のエリア」まで鑑定するようだ。なるほど我が三重県においても北勢、中勢、南勢、伊賀、紀州と5ブロックに分かれるだろう。中勢地区で育った筆者も県内他地域出身の方が使う言葉が分からなかったことは少なからずあるから「進化」したといえるのであろう。尤もこの話題が出たとき、まずは「地方」を当てそこから更に「県内」を当てるというスタイルであった(と記憶している)我が三重県は、まず「東海」という一次フィルターがかけられ、そこから「三重県」に到達する感じだった(と記憶している)このブログで何回も記したように三重県は近畿方言エリアである。なのにほんの僅かばかりの「共通する言葉」を持ってきてまずは「東海=東海東山方言」と決めるのはおかしな話である。隣接県であるからいくつかは「同じ言葉」もあるだろう。だが10のうち1~2程度被る部分にフォーカスするのはいかがなものか?高校数学の序盤で習う「係数と次数」では、文字以外の数字を「係数」と扱う「中学数学」と違って「特定の文字」に注目させ、それ以外の文字も「数」として扱うのだが、これと似ている。仮に「世界の言葉」などという研究があって、まずは「漢字」を使っているから「中華圏」と位置づけ、その後「ひらがな」「カタカナ」に注目し「日本」と着地するような論法で論外だ。さらに言うとこの研究では言葉の「アクセント」は全く関係しない。これでは「リスニングなき英語の試験」と同様、不完全である。「面白い研究」ととらえ感心し、笑って楽しめば良いようなことに「目くじら」を立てて申し訳ないとは思うが、前々からどうしても言っておきたかったことなのでご容赦願います・・・。ところで、世の中は「新しい言葉」や「表現」があふれかえっている。地域の方言を「横」と考えれば、時の流れに伴って変化する言葉は「縦」であろう。「若者言葉」とか「新方言」と言ってもいいかもしれない。例えば近時のテレビやマスコミに登場するコメンテーターなどが頻繁に使う表現がある。筆者が最も気になるその言葉は「~と思っていて~」というやつである。老若男女問わず使われるし、居酒屋の会話でさえ「一般人」が使っているのを聞いたことが何度かある。個人的には聞いていて不快であるが、当の本人は「知識人」になったつもりなのかもしれない。そして私が最も耳障りに思う言葉が「お値打ち」というやつである。この言葉自体は昔から普通にある言葉だろうと思うが、巷これほど溢れていると感じたことはなかった。スーパーでも「お値打ち!」の表示がある商品が並び訪問してくる「営業マン」も「お値打ちですよ」という。おそらく「名古屋弁」だろう。こういった新方言の使用は主に地域のマスコミが発祥となるから、どんどん新しい言葉=新方言で地域の言葉も塗り替えられていき、ひいては地域文化をも塗り替えていくことに大きな危機感を覚えるのである・・・数年後、方言チャートを使った人が「お値打ち」を使ったことがあるか?という問いに対し「Yes」と答えたとき「待ってました!」とばかり「あなたは、東海出身ですね!」としたり顔で言われるのだろうか・・・

地域同一性障害™

色々と結構忙しく、更新をサボっていましたが、久々のブログです。再度、宜しくお願いします。さて、性同一性障害という言葉がある。昔は聞いたことがなかったが、現代ではよく話題になる言葉である。生物学的に男性として生まれたものの心は女性、逆に女性として生まれたが心は男性というもので「身体の性」と「心の性」が一致せず、当人たちのとっては大変な苦しみのようである。「男のくせに」「女だてらに」など、やたら「男、男、男」「女、女、女」と連呼されることに猛烈な違和感を覚えるのだろう。でも、こういった状況は「性」に限らずあるのではないか?と思う。我々三重県の大多数とは言わないが、少なからずの県民はそうではないかと思う。そして、私はこれを「地域同一性障害™」と名付けた。おそらくこんな言葉はないであろう。だがしかし、実際そのように感じるのである。ここのところ天候不順が続いている。全国的に台風や秋雨前線、線状降水帯などの影響で大雨などが続き、一体いつになったら秋晴れになるのかといった日々が続いている。この天気予報、基本は「地域ごと」に状況を伝えるのだが、これが私にとっては辛いのである。聞くに堪えないとさえ感じることがある。「東海、東海、東海」の連呼である。三重は6府県(和歌山、奈良、京都、滋賀、岐阜、愛知)と接しているが、雨雲や線状降水帯はこれら人為的な行政区分に沿って動くわけではない。もちろん、三重から隣県の愛知、岐阜にかけて雨雲が移動することはあるだろう。だから天気予報が間違っているわけではない。しかし、雨雲はいきなり三重県で発生し、愛知岐阜へ流れるわけではない。紀伊半島や大阪奈良方面から流れてくるケースも多い。天気は西から変化するからだ。でもこのあたりの報道はあまり強調されず「東海では~」ばかりである。よく聞くと三重では明け方、愛知岐阜では午後からといった表現も多い。であるならば近畿から東海にかけてと伝えてくれればいいと思うのだ。でも、いきなり「東海そして関東」とつなげることが多いように感じるのはなぜだろうか?それは天気予報の区分で「東海」は東日本に含んでいるため「東海から関東にかけて」と言えば「東日本では」という言い換えもでき、それが気象庁の区分の正しさを証明することになるからであろう。「東海から関東にかけて」というころにはすでに三重は晴天であったりすることが多いのに・・・この場合の東海とはすなわち静岡県だからである。天気予報に関するぼやきは、前にブログ「天気予報に異議あり」で書いておりますので興味あればご確認ください。そして天気予報を見る際は注意深く我が県の状況を見極めて下さい・・・私には、雨雲が三重県北勢から愛知岐阜にかけてかかる頃を見計らったように「東海、東海、東海」と連呼しているようにしか聞こえないのだ。もちろん、間違ってはいない。報道としては正確だ。だがしかし、猛烈な違和感を感じるのである・・・

データが証明

C新聞の記事からである。三重県内来訪者の出発地別割合を示したデータが掲載されている。鈴鹿大学教授の先生の分析も載っている。県の調査によると三重、愛知、大阪の3府県で全体の65%を占めているというのだ。順当なところだろう。細かく見ると三重県内を除けば愛知24.2%大阪12.1%岐阜4.5%滋賀4.5%奈良4.3%京都3.6%兵庫3.2% 東京2.0%静岡1.9% となっている。教授の分析では「三重県では、身近な人が繰り返し足を運ぶ場所として人気がある一方、遠方から訪れるには敷居が高い地域とも言える」となっている。その通りと思う。即ち近畿地方がメインなのである。ここで思い出されるのがコロナ禍で実施された観光支援の「ブロック割」である。その内容は、このブログで以前「残念な観光支援 ブロック割」で書いとおりであるが、このデータを見るまでもなく最悪の悪手であったと言わざるを得ない。今一度確認しておくと、大打撃を受けた観光産業を支援する政策であって、まずは「県民割」から始め、その後「ブロック」に分けて実施したものである。我が三重県は「北陸信越・中部ブロック」に入れられ「新潟、富山、石川、福井、長野、静岡、岐阜、愛知」と一緒のブロックだった。県来訪者の上位を占める近畿の各府県は入っていない。こんなブロックで観光支援とは全く視点がずれているにもほどがある。何より残念なのは三重県の観光業界や政治家が異を唱えなかったことである。政治家のキラーフレーズに「言うべきことは言う」というものがあるが、「言うべきこと」すら言わない三重県の現状はあまりに悲しい。実現が難しくとも、少なくとも「言う」ことは大事である。たとえ「言うだけ」であっても。そうしないとその実態を認めてしまうことになるからだ。しかし私のような名もない一般人が声を上げても全く届くことはない。ただ私と同じ感性の人は三重県には少なくないと思う。あるいはサイレントマジョリティーかもしれない。だから政治家はじめ影響力のある人は「言うべきことは言う」姿勢で臨んでほしい。再び「ブロック割」が検討されたとき「三重県は近畿ブロックで隣県特例として愛知・岐阜の両県を加えるべきだ」と・・・

三重県知事選と県議選の補選

三重県知事選が終わった。結果は大方の予想通りで、全く面白みもワクワク感もないシラケタ選挙だった。低投票率も頷ける。中には選挙には行ったが白紙で投票したというSNS投稿もあった。行かないよりは、まだましといったところであろうか・・・3候補者の政策などはC新聞で読んだが、いわゆる「刺さる」争点もなく通り一遍の話題ばかりであった。「相乗り」に加え(言っては失礼だが)有力な対抗馬や勢いある新興勢力も出ておらず、さらに県の抱える喫緊の課題はないと言わんばかりの平平凡凡たる戦いで凡戦ここに極まれりといった具合であった。これに比べ県議選の補選、桑名選挙区は大いに盛り上がっていたようだ。7月の参院選に出馬した参政党の候補者が出馬しており、これだけで相当ヒートアップした選挙となったようだ。神谷代表の言う「政治はロックだ!」とばかりの盛り上がりで結果も参政党候補者が僅差の接戦を制し当選を勝ち取った。素直にすごいと感服する。やはり国・地方問わず熱くなれる選挙はあるのである。参政党の飛躍はまさに目を見張るものがある。あまりの勢力拡大に参政党に対するネガティブな発信も多かった。私もいくつかの動画を視聴したが結構いいことを言っていたと思う。一つ挙げるとすると「グローバリズム」に対する反対がある。「グローバル」という言葉を起点に「グローバリズム」や「グローバリゼーション」といった言葉があるが、代表が反対しているのは前者であるようだ。即ち過度なグローバル化は経済的優位性や情報をコントロールできるものだけが勝つ社会をつくるが、こういった力の暴走に歯止めをかけるのが国家単位のコミュニティであって、それぞれの主権や権利、文化や慣習を守っていく必要があるというのである。まさに慧眼であると感服する。ここで、国家単位を県単位と置き換えたとき「三重県」のおかれている立ち位置が分かるだろう。経済もマスコミも名古屋一辺倒に支配される「生来近畿であって良き風土や文化を有する三重県のアイデンティティ」は風前の灯だ。ただ、そんな神谷代表をもってしても県議補選の当選者に対し「東海初の県議」という表現を使っていたのが残念だ。素晴らしい見識を有する神谷代表の眼にさえ「三重は東海」とのみ、何の疑いもなく刷り込まれているのであろうか・・・これこそが「グローバリズム」が主権や文化を駆逐している典型例」であるのだが。。。そんな状況の中で唯一防波堤となって良き三重県の風土や文化を守る最後の砦が「県」という存在なのである。筆者は三重県政において最も大切な視点はここにあると思っている。だから4年後の知事選では自民、立憲、国民、維新、参政、れいわ、保守その他どこでも良い。こういった争点を掲げ熱い選挙をしてくれる候補者が現れるのを心の底から願ってやまない。

 

大阪関西万博その2

関西パビリオンの壁面に描かれたイラストにショックを受けたものの、気を取りなおして再び会場内を散策することとした。ちなみに関西パビリオンの近くに三重県の特産品を販売しているエリアがあった。多くの人が立ち寄っており、私も何品か購入し美味しくいただいた。「関西に三重あり」をPRできて良かったと思う。少し気分を良くして会場巡りをしていたのだが、スタンプラリーというものがあることに気が付いた。自身はスタンプラリーには全く興味がなくスルーしていたが、そういえばパビリオンごとにスタンプ台があって熱心に押している方々が結構いたと思う。その中に「関西周遊NFTスタンプラリー」なるものがあった。配布パンフレットを見ると対象地域の地図が載っていたのだが、ここで目の前が真っ暗になる思いをすることとなる。例の「三重県を除いた近畿地方」の地図が掲載されていたからだ!しかも「福井県」は、しっかり載っているのだ!!私は茫然として立ち止まった。絶望感とはこのことだ。このパンフは「関西商工会議所連合会」の作成のようで三重県内の商工会議所はそこに入っていないからだろう。でも関西パビリオンに出展している県としてスタンプラリーに参加していないのはおかしいと思う。たとえ「関西商工会議所連合会」のメンバーでなくても「オブザーバー」のような形で参加はできるのではないか?以前のブログで「家康(戦国)ゆかりの地」というスタンプラリーで静岡~愛知~岐阜を舞台にした企画があった時、三重県知事が三重県もこの企画に入れるよう要請したという記事を紹介したことがある。また国体2巡目が開催されないことに対し知事が「耐え難い」という発言をしていたことも紹介したと思う。だが、今回のこれこそまさに「県民として耐え難い」のではないか?知事は三重県を代表して声を上げなかったのだろうか?県選出の議員諸氏も同様である。そういった地域のプライドを守ることが政治家の大きな仕事ではないのだろうか?おりしも7日には三重県知事選挙がある。各候補者は様々な政策を訴えているが、こういった地域の文化を守るためにできることを訴えている候補者は皆無に思える。今までもそうだった。「三重は東西のちょうど真ん中」などというマジックワードでことを済ませながら日々、東寄りに上書きされてゆく現状を憂うことはないのだろうか?これはまるで「言うべきことは言う」という常套句だけを言っておきながら、どんどん他国に多方面で浸食されるこの国の現状に目をむけない政治家と同じではないか。三重県を取り巻く現状と日本を取り巻く現状とはパラレルに考えるべきだ。その意味で今の三重県の姿は明日の日本の姿なのかもしれない。守るべきものを守らず実効支配を追認することになるからだ・・・。

大阪関西万博その1

大阪関西万博に行ってきた。猛暑かつ多くの人出で賑わい文字通り熱い万博だった。並べば入れる海外のパビリオンに比べ国内のそれは、ほとんど予約が取れなければ入れないものが多く、これには全く閉口した。まずは海外パビリオンから。55年前のリベンジと燃えたアメリカ館であったが2時間待ちとのことで何とか並べない時間でもなかったがパスした。子供の頃あれほど見たかった「月の石」ではあるが、今回は他にも魅力的なパビリオンもあってタイパの観点から断念した。おかげで主要国のパビリオンもいくつか見学できたし並べずに入れるパビリオンも結構見学できた。意外と良かったのはコモンズであった。ここはアフリカや南米そして島嶼の国々がブースを出しており一度に沢山の国が見学できた。日頃ほとんど学ぶ機会のない国々、中には名前さえ聞いたことがないような国々もあって新鮮であった。修学旅行らしい中学生の子らも結構いたが、この機会に見聞を広めることは生きた勉強となろう。こういった国々に日本が行ってきている貢献を知ることはとても大切なことだと思う。一方、国内パビリオンは抽選が外れまくりひとつも当たらなかった。ただ、55年前のリベンジを期した三菱未来館は予約なしの列があって並ぶことができた。もちろん、子供の頃思い描いた夢の未来や想像と60歳代の現在では感性が違うが楽しめたと思う。そして今回の主目的である関西パビリオンは直前のキャンセルを含め何度もトライしたのだがついに当たらなかった。無念の一言だ・・・パビリオンには出展県をイメージさせるのイラストが並んでいたのだが、この並び順には大いに不満があった。関西パビリオンは大阪以外の府県で構成されている。大阪は別に単独出展しているからだ。つまり近畿6府県+徳島、鳥取、福井の9府県からなっている。イラストは入り口を挟み左右の壁に描かれており順次並んでいた。左側の壁から近畿の各県が並び右側の壁に入ってすぐが和歌山県だった。次は当然我が三重県かと思いきや、意外や意外いきなり鳥取県、徳島県、福井県と続き、最後が三重県という並びであった。「何ということだ!」私は大きなショックを受けた。関西パビリオンは関西広域連合の出展であるから中国地方山陰の鳥取と四国の徳島、中部の福井が入るのも当然であるが三重県が最後とはどういうことか!確かに三重県は未だ関西広域連合に正式加盟出来ておらず正式加盟の鳥取、徳島に劣後するのは悔しいが仕方ない。だが同じく正式加盟していない中部地方の福井の後塵を拝するとは屈辱である。高校野球夏の甲子園でかつて存在した悪夢の東西分けがフラッシュバックする。ここまで来ても東海3県の呪縛から逃れられないのかと・・・でも折角の万博で愚痴を言っても仕方ない。関西地方の大トリが三重県だと思いなおすしかない、良い方に考えて気を取り直そうとしたのも束の間、次のショックが私を襲ったのだった・・・